■ 反強磁性を用いた不揮発性メモリ(MRAM)の開発

身の回りのスマートフォンやパソコンなどを制御するエレクトロニクスは、電子の有する「電荷」という自由度を制御することで実現しています。 これまで、デバイスの微細化による高速化が急速に進み、その性能が飛躍的に発展してきました。 しかしながら、現在のCPUは依然としてすべてメモリ維持に電力が必用な揮発性メモリを用いています。 これをすべて不揮発性メモリに置き換えることができれば、メモリ維持のための電力所費も大幅に抑えられるだけでなく、データ処理の低速な補助記憶装置が必要なくなり、更なる高速化、省スペース化が可能となります。

そのような状況の中、従来の制御対象であった「電荷」と、電子の持つ「スピン」という自由度を同時に利用した新しいエレクトロニクス技術「スピントロニクス」が、 今まで実現不可能だった機能を持つデバイス作成を実現する可能性から注目を集めています。 1988年に発見された巨大磁気抵抗(Giant Magnetoresistance : GMR)の発見(Fert and Grünbergは2007年にノーベル賞を受賞)以降、スピントロニクス技術を用いたデバイスが数多く開発されてきました。 中でも、精力的に研究が行われているものとして、情報を不揮発に記憶することが可能な磁気抵抗メモリ(Magnetoresistive Random Access Memory : MRAM)が挙げられます。 MRAMは、強磁性層/絶縁層/強磁性層の三層を基本とした強磁性トンネル接合素子を用いたメモリで、トンネル接合素子が有する2つの強磁性層の磁化の向きが平行と反平行の場合とで、抵抗率が異なります。 この性質を利用することで、磁化の方向に対応した二つの状態を二進法のデータ ”1” と ”0” として、エネルギーを消費することなくデータを保持すること(不揮発性)を可能としています。 MRAMをはじめ、現在、スピントロニクスで用いられている材料の多くは強磁性体ですが、最近では、反強磁性体の適用も検討されるようになってきました。 その理由としては、反強磁性体では、(1)磁化がゼロ、あるいは、極端に小さいため、漏れ磁場に強くデータ保持力が高い、(2)スピンの歳差運動の周波数がTHz程度と強磁性体(GHz程度)に比べ桁違いに高く、 格段に速いデータ処理に繋がる、(3)種類が多い、といった特徴から、小型で高速駆動するデバイスを安価に開発できる可能性があるからです。

反強磁性体を用いる上での問題点としては、電気信号の二値性を検出することが難しいことが挙げられます。 しかし、最近では異方的磁気抵抗(Anisotropic Magnetoresistance : AMR)が反強磁性体においても現れることが報告される等、応用を後押しする有益な実験結果が複数報告されています。 我々の研究室においても、反強磁性体のスピン構造の制御や電気信号の二値性を検出する技術の開発を、新物質開発や基礎物性測定といった源流から行っています。


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1. 革新的磁気メモリ材料の発見
〜世界で初めて反強磁性体での異常ホール効果を観測〜[1]

<Nature 2015年11月12日号に掲載>

【発表のポイント】

・世界で初めて反強磁性体において自発的な巨大異常ホール効果を見出した。
・磁場が無い条件下では強磁性体でのみ観測されていた異常ホール効果を、反強磁性体において初めて、かつ、室温以上の温度で観測した。
・磁気メモリとしては作動原理が画期的であり理想的な特性を持つため、メモリ素子の革新的な進展が期待される。

【発表内容】

コンピュータやスマートフォンに通常使われているメモリは、電源オフで記憶情報が失われてしまう揮発性であるため、情報を保持するには電力供給を必要とし消費電力が大きいという欠点があります。そのため、電源オフ状態でも記憶情報が失われない不揮発性メモリの開発が行われており、磁性材料を用いた不揮発性メモリ「磁気メモリ」も実用段階にきています。しかしながら、記憶素子の材料として強磁性体というスピンの向きが揃った、言わば小さな磁石を使っているため、高密度化のためにお互いが近づくにつれ、記憶素子同士の磁気的な干渉が起こることや、スピンの揃いが保てなくなるなど、高密度化に限界があるという問題が実用化促進のうえで大きなハードルとなっています。
一方、記憶情報の読み出し方法としては、強磁性体層—絶縁体層—強磁性体層の3層構造の間の抵抗変化を読み取る方法をとっていますが、構造的に単純な単層で作動し電力の散逸を軽減できるホール効果を利用する方法もあります。ホール効果(図1)とは、物質中に電流として流れる電子が磁場を感じることによって、電流方向と垂直な方向に電圧が生じる現象で、100年以上も前の19世紀後半に発見されています。更に、強磁性体では揃ったスピンが物質内部に磁場を作るため、外から磁場をかけなくてもホール効果が自発的に現れる物質があり、これは異常ホール効果と呼ばれています。しかし、この異常ホール効果で生じる電圧はメモリ素子として利用するには比較的小さかったために、実用的な開発はほとんどされてきませんでした。
最近になり、スピン同士が反平行や、幾つかのスピンで互いに打ち消し合う配置をとる反強磁性体でも、異常ホール効果が起こる可能性が理論的に示唆されてきました。この反強磁性体ではスピン同士が打ち消し合う配置をとるため、スピンが全体で作り出す磁場(磁化)がほとんどなく、強磁性体で問題となっていた漏れ磁場による素子間で干渉する問題は全くなく、強磁性体に比べて高密度化を飛躍的に進めることができます。また、反強磁性体は一般に強磁性体よりも3桁以上の速い動作性能を示すため高速化にも繋がります。しかしながら、これまで反強磁性体での自発的異常ホール効果を示す物質は見つかっていませんでした。

図1.1:ホール効果(a)と自発磁化を持つ場合の異常ホール効果(b)と持たない異常ホール効果(c)
強磁性体における異常ホール効果では、自発磁化の発生とともにゼロ磁場でホール効果が自発的に現れる。スピンの秩序を伴わずゼロ磁場の自発磁化のない状態においてもホール効果が自発的に現れる。この場合、電子の運動を曲げる要因となる仮想的な内部磁場は、スピンキラリティの秩序化によってもたらされると考えられる。

【研究内容】

図2:ホール抵抗率と磁化の磁場変化
温度が200 K(-73℃)300 K(27℃)400 K(127℃)での測定結果で、磁場がゼロのときホール抵抗率が有限な値を持ち、自発的な異常ホール効果を示すことがわかる(a)。また、磁場が数百ガウスの値でホール抵抗率と磁化の符号が反転している(b)。

東京大学 物性研究所の中辻 知 准教授らの研究グループは、これまでも非常に低い温度ではあるが磁気秩序なしに自発的に現れるホール効果を示す物質の発見や、その機構解明につながるような学術的な成果を上げてきました。今回、その一連の物質探索の中で、マンガンとスズの化合物であるMn3Snが、反強磁性体でありながら室温で自発的な巨大異常ホール効果を示すことを世界で初めて発見しました。この自発的異常ホール効果によるホール抵抗率は、金属でありながら室温で50nmの薄膜において1オームを凌ぐ値であり、実用材料として有効と考えられます図2a)。

図3:Mn3Snの結晶構造(a,b)と磁気構造(c)
マンガンMnは正三角形の頂点に位置し、Mnのスピンは正三角形の一辺に沿って配置されておりお互いは120度ずれている。

Mn3Snはカゴメ格子と呼ばれる結晶構造(図3a、図3b)をとり、磁性イオンであるマンガンは正三角形の頂点を占める位置をとります。このとき、スピンがお互いに反対方向を向こうする力(反強磁性相互作用)が働くと、三角形の3つの頂点の間でその力が拮抗し、最終的にはお互いに120度だけ傾いた状態で安定になります。但し、スピンの向きの取り方には幾つかの種類があり、Mn3Snでは、図3cに示すようなスピン配置をとります。このようにスピンがお互いにキャンセルするような配置をとりますが、外から磁場をかけると僅かに磁化が観測されます。この値は1つのマンガン元素あたり数ミリμBという値で、一般的な強磁性体の1000分の1に相当するような非常に小さな磁化です。それにもかかわらず、磁化測定の結果では、数百ガウスという比較的小さい磁場によってこの非常に小さい値の磁化の反転が見られ(図2b)、それに伴いホール効果の電圧の正負が反転することも観測されました。このMn3Snにおける自発的異常ホール効果は、反強磁性転移温度である160℃の高温まで特性を示すことも確認されました。

【社会的意義・今後の予定など】

今回の発見は、これまでの磁気メモリ開発の常識を覆す革新的な成果と言えます。加えて、Mn3Snは非常に安定な物質で、比較的簡便な方法で物質合成が可能であり、さらに安価で毒性の無い元素で構成されているなど、実用材料として優れた特性を兼ね備えていることから、今後実用化を目指した研究開発が急速に進んでいくことが期待されます。今後の課題としては、磁気メモリ素子の書き込み動作として、磁気構造の反転をもたらすスピン注入磁化反転の適用の可能性について研究を進めていく必要があり、これが可能となれば更に実用化の道が見えてくることになります。
自発的異常ホール効果が現れる機構については、学術的にも大変興味がもたれているテーマとなっています。Mn3Snのスピンの構造はキラリティを有しており、これに起因する電子構造のトポロジカルな性質が自発的異常ホール効果の機構に関与していることが理論的に提案されており、今後その機構解明に向けた研究も行っていく予定です。

[1] S. Nakatsuji, N. Kiyohara, and T. Higo, Nature 527, 212-215 (2015).

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2. 低電力・高集積化を可能にする磁気メモリ材料
~反強磁性体で巨大な異常ホール伝導度を持つ物質の発見~

Phys. Rev. Applied 5, 064009 (2016). に掲載>

スマートフォンやノートパソコンなどのモバイル端末に搭載されているメインメモリの多くは、電源オフにともない記憶情報が失われてしまう揮発性であるため、情報の保持による電力消耗が大きいという欠点があります。これは情報保持に電荷を溜める方式のためで、磁化の向きで情報を記憶することで、電源オフ時でも記憶情報が失われない「不揮発性メモリ」と呼ばれる次世代メモリの開発が行われています。しかし、強磁性体材料を用いた不揮発性メモリ「磁気メモリ」の場合、記憶素子の材料でスピンの向きが揃った、言わば小さな磁石を使っているため、高密度化にともない記憶素子同士の磁気的な干渉が起こることや、スピンの整列が保てなくなるなど、高集積化に限界があるという重大な弱点を抱えており、その解決が強く求められています。

この磁気メモリの記憶情報の読み出し方法には、トンネル磁気抵効果抗とよばれる強磁性体層—絶縁体層—強磁性体層の3層構造の間の抵抗変化を読み取る方法が採用されています。一方、本研究グループは構造的により単純な単層で作動し電力の散逸を軽減できるホール効果を利用する方法に注目してきました。ここでホール効果(図 2.1)とは、物質中に電流として流れる電子が磁場を感じることによって、電流方向と垂直な方向に起電力が生じる現象で、100年以上も前の19 世紀後半に発見されました。強磁性体では物質内部でスピンが同方向に揃うことで磁場を作るため、外から磁場をかけなくてもホール効果が自発的に現れ、異常ホール効果と呼ばれています。従来の異常ホール効果で生じる起電力はメモリ素子として利用するには比較的小さかったために注目されませんでした。近年、スピン同士が反平行や幾つかのスピンで互いに打ち消し合う配置をとる反強磁性体でも、異常ホール効果が起こる可能性が理論的に示唆されていましたが実験的報告は最近までありませんでした。この反強磁性体ではスピン同士が打ち消し合う配置をとるため、スピンが全体で作り出す磁場(磁化)がほとんどなく、強磁性体で問題となっていた漏れ磁場による素子間で干渉を抑えることで、強磁性体に比べて高密度化を飛躍的に進めることができます。また、反強磁性体は一般に強磁性体よりも3桁以上の速い動作性能を示すため高速化にも繋がります。

 本研究グループは、2015年に世界で初めて自発的に巨大異常ホール効果を示す反強磁性体物質Mn3 Snを発見しました。今回、その一連の物質探索の中で、SnをGeに100%置換したマンガンとゲルマニウムの化合物であるMn3Geにおいて、反強磁性体の自発的異常ホール効果にとしては、過去最大の異常ホール伝導度を示す物質を発見しました。このホール伝導度は、低温5 Kにて400 Ω-1cm -1であり、Mn3 Snの示す最大値の4倍以上で、これまで報告されている半導体の値に比べて桁違いに大きな値です(図 2.4)。ホール伝導度が高いということは、少ない電流駆動で大きな起電力を発生させることができることになり、発熱を抑えられます。次世代の反強磁性メモリ材料としては、消費電力においても優れた特性を持つものとして期待されます。さらには、異常ホール効果はスピン依存した、いわゆるスピンホール効果と起源を同じくしており、今回の発見は、反強磁性でもスピンに依存した起電力が存在すること、さらにそれを増強する新たな機構を与えるものとして注目されます。

 Mn3Geはカゴメ格子と呼ばれる結晶構造(図 2.2)をとり、マンガン原子とそのスピンが正三角形の頂点を占める位置に配置されています。このとき、隣り合うスピンがお互いに反対方向に向こうとする力(反強磁性相互作用)が働くと、三角形の3つの頂点の間でその力が拮抗し、最終的にはお互いに120 度だけ傾いた状態が安定になります。但し、スピンの向きの取り方には幾つかの種類があり、Mn3Geでは、図2に示すようなスピン配置をとります。このようにスピンがお互いにキャンセルするような配置をとりますが、外から磁場をかけると僅かに磁化が観測されます。この値は1つのマンガン元素あたり数ミリμB という値で、一般的な強磁性体の1000分の1に相当するような非常に小さな磁化です。それにもかかわらず、磁化測定の結果では、数百ガウスという比較的小さい磁場によってこの非常に小さい値の磁化の反転が見られ(図 2.3)、それに伴いホール効果の電圧の符号が反転することも観測されました。このMn3Ge における自発的異常ホール効果は、-270℃の低温から反強磁性転移温度の120℃の高温までの幅広い温度範囲で現れることも確認されました。

 今回の発見は、Mn3Snの発見に引き続き、これまでの磁気メモリ開発を大きく前進させる成果と言えます。また、この発見に基づいて考えられるスピンに依存した起電力は、エネルギーハーヴェスティングの技術創出につながると期待されます。Mn3Snだけでなく同一構造のMn 3Geおいて更に巨大な異常ホール伝導度がみられたことは、類似物質探索、すなわちMn3ZZサイトの置換による最適化により高い自発的異常ホール伝導度を示す物質が見つかる可能性を示唆しています。二元化合物Mn3Ge は非常に安定な物質で、比較的簡便な方法で物質合成が可能であり、さらにクラーク数の高い安価で毒性の無い元素で構成されているなど、実用材料としても優れた特性を兼ね備えていることから、今後、実用化を目指した研究開発が急速に進んでいくことが期待されます。

 自発的異常ホール効果が現れる機構は、学術的にも大変注目されているテーマです。Mn3Ge のスピンの構造はMn3 Snと同様にキラリティを有しており、これに起因する電子構造のトポロジカルな性質が自発的異常ホール効果の機構に関与していることが理論的に提案されています。今後、巨大な異常ホール効果を解明するため、この効果が更に顕著になる低い温度での研究を進めていく予定です。

(図 2.1)反強磁性体Mn3Geのホール効果の概念図。 正孔としてのホール効果を示す場合の起電力と磁場と電流の配置とMn3Geのスピン構造配置の相関。

(図 2.2)反強磁性体Mn3Geの結晶構造と磁場中での磁気構造。(a) z = 0面とz = 1/2面の二層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。(b) 磁場B//[2110]にかけた場合の逆スピン三角構造と呼ばれるMnスピンの磁気構造の様子並びに (c) 磁場B//[0110]にかけた場合の逆スピン三角構造を持つ磁気構造の様子。

(図 2.3)反強磁性体Mn3Geでの磁場変化による異常ホール効果と磁化の様子。(a) 自発磁場を伴った場合のホール抵抗の実験結果。0磁場でもホール効果がのこるため異常ホール効果を示す。(b) 100 Gの磁化でスピン反転と同時に巨大な異常ホール効果が現れることが分かる。また低温5Kまでこれらの特性に変化がない。

(図 2.4)反強磁性体Mn3Geの低温までのホール伝導率。低温で大きなホール伝導度を示すことがわかる。右上挿入図は縦抵抗の温度依存性。

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ここでは反強磁性体Mn3Snにおける、非従来型の巨大異常ホール効果について紹介します。

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