磁場で絶縁性を持つ磁石を金属に ~金属−絶縁体転移を利用した次世代メモリやセンサーへの応用に期待~[1]

次世代の科学技術の根底となる、超高密度メモリや磁気センサーなどの実現に向け、さまざまな新規化合物の探索がすすめられています。小さな磁場で物質の抵抗値を制御できる金属-絶縁体転移を示す化合物は、特に産業的な応用性が高いため、広く研究がすすめられている物質群です。 電気が流れない絶縁体状態では、物質は電気伝導を起こす電子の生成を阻害するエネルギーギャップを持っています。金属-絶縁体転移を示す化合物においても、絶縁体状態ではこのエネルギーギャップを持ちます。このギャップが大きいと、抵抗値の高い良質な絶縁体状態を広い温度範囲で得ることができるため、大きなエネルギーギャップを示す化合物の探索が必須でした。しかしながら、大きなエネルギーギャップは磁場などの外部刺激に強く、磁場による制御は困難になるということが知られています。このため、実用上利用できる10テスラ(=10万ガウス)程度の外部磁場下では、金属-絶縁体転移を磁場制御することは非常に難しいと考えられていました。

今回、我々のグループは、高純度なパイロクロア化合物Nd2Ir2O7(図1a)の単結晶を育成し、この化合物における電気的特性を高磁場下かつ極低温まで評価しました。この化合物は、わずかな化学的組成のずれによりその金属-絶縁体転移の振る舞いが異なってくるために、純良単結晶が必要となる研究です。合成したNd2Ir2O7はゼロ磁場下では27 Kという高温領域に金属-絶縁体転移を示しており、この転移で開くエネルギーギャップは45 meV 程度とかなり大きいことが判っています。これは、これまで知られている単結晶試料として最良のものであることを示しています。本研究グループが行った今回の実験では、電流印可方向(結晶軸[001]方向)に対して磁場を加える方向を変えながら50 テスラまでの強磁場を加え、Nd2Ir2O7の抵抗値の変化を測定しています(図2)。これにより、10 テスラ程度の外部磁場を 結晶軸の1つの[001]方向に加えた時にエネルギーギャップが抑制され、絶縁体から金属状態になることでおよそ600倍の大きな抵抗値の変化を検出することに成功しています。通常~10 テスラの外部磁場で得られるエネルギー利得は~1 meV程度ですが、この50倍ほどの大きなエネルギーギャップを持つNd2Ir2O7を小さな磁場で制御できていることになります。本研究グループは理論的な考察から、この異常に磁場に敏感な性質は、Nd2Ir2O7に含まれている希土類元素Ndと遷移金属元素Irの電子相関から来ていることを突き止めました。Nd2Ir2O7においては近藤カップリングと呼ばれるNdとIr間の相関によりエネルギーギャップが開いていますが、この近藤カップリング機構によるエネルギーギャップはNdの磁気的な構造に敏感であり(図1b)、Ndの磁気構造を磁場により変化させることによりこの金属絶縁体転移を制御できることがわかりました。このため、Nd2Ir2O7は立方晶でありながらも、磁場を加える方向に依存する、金属・絶縁体転移が観測されたと考えられます。 希土類元素と遷移金属元素のハイブリッド型磁性体を使えば、これまで不可能と思われてきた金属-絶縁体転移が比較的低磁場で敏感に起こることを示したということで、今後のメモリ等の開発に新しい開発指針を示すと同時に、立方晶という構造的に等方的な物質においても、磁場報告に敏感なセンサーの開発等に新しい指針を与えると期待されます。また、金属-絶縁体転移は、次世代の科学技術の根幹となりえるメモリ技術などへの応用が考えられるだけではなく、背後にある多彩な物性物理のために多くの研究が集中している分野です。本研究の成果を基盤として、パイロクロア化合物におけるさらなる物性研究が進行し、従来化合物では成しえなかった電子相関を利用した金属-絶縁体転移の弱磁場応答の研究が加速的に進むことが期待されます

図1. Nd2Ir2O7の結晶および磁気構造(a)希土類元素Nd(ネオジウム:青)および遷移金属元素Ir(イリジウム:赤)がそれぞれ四面体を形成し、パイロクロア格子と呼ばれる結晶構造を構成する。(b) Nd2Ir2O7における磁場下でのNdスピン(青)とIrスピン(赤)の磁気構造。上図: ゼロ磁場下でとりうる磁気構造、中図: 磁場を[111]方向に加えたときの磁気構造、下図: 磁場を[001]方向に加えたときの磁気構造。正四面体の内部(外部)に向くNdスピンの数が、上図で4(もしくは0)、中図で3(もしくは1)、下図で2(もしくは2)である。一方、正四面体の内部(外部)に向くIrスピンの数は上図で4(もしくは0)、中図で4(もしくは0)、下図で2(もしくは2)と磁場を加える方向により、変化していることが判る。このとき、B = 0 TではIrはマルチドメイン構造を取り(上図)、B // [111]ではシングルドメイン構造を取っている(中図)。

図2. Nd2Ir2O7の磁気抵抗(a)2 Kにおける磁気抵抗の角度依存性 (b) Nd2Ir2O7における磁気抵抗の温度(T)と磁場(B)と角度(θ)依存性の3次元プロット。青の領域が低抵抗であり、赤の領域が高抵抗。結晶軸[001]方向に磁場を加えた時のみ、抵抗が小さくなることが判る。
[1] Zhaoming Tian, Yoshimitsu Kohama, Takahiro Tomita, Hiroaki Ishizuka, Timothy H. Hsieh, Jun J. Ishikawa, Koichi Kindo, Leon Balents, and Satoru Nakatsuji, Nature Physics 12, 134-138 (2016).

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