三角格子上のスピンの示す新しい磁気現象と相転移

2次元三角格子において幾何学的なフラストレーションにより通常の磁気秩序が抑えられたとき、新たな量子液体として量子スピン液体が実現する 可能性が指摘されていますが、一方で、新しい二次元磁気秩序が生まれる可能性もあります。 理想的な二次元面上のスピンは、連続的な回転の自由度を持っていると絶対零度まで磁気秩序ができないというMermin-Wagnerの定理が知られています。 しかし、このようなスピンで三角格子を作るとベクトルスピンカイラリティ

という自由度が重要になり、これがもたらすトポロジカルな欠陥であるスピン渦が凝縮することで 有限温度で新しい磁気秩序を引起すことが二次元でも可能であることが理論的に期待されています [1]。 このベクトルスピンカイラリティとは、スピンがフラストレーションのために、 2つのスピン間で最も安定なスピン配列である反平行状態をとれなくなることに起因して現れる、 スピンの秩序が持つ右巻き・左巻きの自由度に対応しています。

図1: 三角格子上のスピンカイラリティの概念図。スピンが空間的にどの方向を向いても良いとすると 反強磁性の相互作用を通じて三角格子上のスピンは図のような120度構造をとる。 この状態には、スピンの右巻き、左巻きに対応して、符号の異なるベクトルカイラリティ(上図の場合は上向きと下向き)の自由度がある。

このようなエキゾティックなトポロジカル相転移が実験的に確定した例はまだありませんが、 その有力な候補物質として、我々の開発したS=1の最初の二次元三角格子系NiGa2S4があります[2,3]。 Niが持つS=1のスピンは歪のない三角格子をつくり、強いフラストレーションの効果が期待されます。 実際、短距離秩序が起こる転移温度8.5 K以下でもスピンは完全には凍結せず2 Kまで臨界ゆらぎを保ち続けることが分ってきました。 驚くべきことに、この磁気秩序は強い2次元性を持っています。 また、スピン同士の相関は低温でも3ナノメートル程度にしか伸びないにもかかわらず、 比熱が温度のべき乗になるなど、なんらかの二次元のコヒーレントなモードが低温で現れていることも分っています。 この秩序状態が上記の新しい二次元秩序に対応するのか、今後の研究の進展が期待されています。

図2: 私達が開発した2次元三角格子磁性半導体NiGa2S4の2次元性の強い結晶構造(左図)と結晶構造を反映した六角形の単結晶(右図)。

図3: NiGa2S4の磁気比熱。ワイス温度θW = 80 Kに対応する比熱のピークに加え、低温、T* = 8.5 Kよりも若干高温側に現れるもう一つのピークは、新しいスピン状態の形成を示す。

図4: 低温8.5 K以下で実現していると考えられるゆっくりと揺らいだスピンの短距離相関の概念図。
[1] H. Kawamura and S. Miyashita, J. Phys. Soc. Jpn. 53, 4138-4154 (1984).
[2] S. Nakatsuji, Y. Nambu, H. Tonomura, O. Sakai, S. Jonas, C. Broholm, H. Tsunetsugu, Y. Qiu, and Y. Maeno, Science 309, 1697-1700 (2005).
[3] 南部雄亮、中辻 知、前野悦輝、日本物理学会誌 Vol. 62, pp. 254-259 (2007).

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三角格子反強磁性体NiGa2S4における新しい2次元相転移と 不純物効果における新奇なスピンサイズ依存性

幾何学的にフラストレートした磁性体の中でも最も単純な格子系に属する三角格子磁性体の研究には長い歴史があります。 その中で、我々が注目して研究をすすめている系としてNiGa2S4があります。 この系は低スピン(S=1)の系で初めて低温まで正確に三角格子の対称性を保つ擬2次元磁性体です。 興味深いことに、幾何学的フラストレーションにより単純な反強磁性磁気秩序が抑えられたことで非従来型のスピン状態が実現しています。 特にNQR [4]、μSR [5]、ESR [6] 測定等の共同研究からT*=8.5 Kにおいて明確な相転移を示すこと、 また、それより低温ではこれらのプローブでは内部磁場を伴った2次元の反強磁性の短距離磁気秩序が発達することが分かってきました。 一方で、このT*以下の低温相では、μSRの測定からは大きな揺らぎを伴っていること、 また、転移温度T*において交流帯磁率の周波数依存性を示さないなど、 通常の磁気転移・スピングラス転移とは明確に異なる振る舞いを示します。 以上から、T*=8.5 Kにおける相転移を経て現れる低温状態は、 図に概念的に示すように、MHz程度のスピン揺らぎを伴う“粘性の高いスピン液体”の可能性が高いことが分かりました。 また、このような磁気秩序を伴わない新しい相転移は、上記のスピン渦(Z2ボルテックス)によるトポロジカル相転移に対応する可能性が理論的に指摘されています[7]。

さらに、詳細な磁性不純物の置換効果を調べた結果、2 K以下でスピンSの偶奇性に依存した不純物効果が比熱の温度依存性に観測されました[8]。 この系に特徴的な比熱の温度の2乗則(上記図3参照)は、 不純物スピンのサイズが整数のFe (S = 2)またはZn (S =0)を置換した場合にのみ現れ、 同じハイゼンベルグスピンである半奇整数スピンを持つMn(S =5/2) またはCo (S =3/2)を 置換した際にはスピングラスで期待される温度の一次に比例する振る舞いが見られました[8]。 このようなスピンの偶奇性に依存した効果として、一次元反強磁性鎖における整数スピン系でのHaldaneギャップが有名です。 同様に、上記のスピンのサイズに依存した比熱の振る舞いは、 この2次元系におけるフラストレートした整数スピン系においてもネマティック相関など、 量子効果が重要であることを示唆しています[8-12]。

図5: 交流帯磁率・NQR・μSR・ESRの実験結果から得られた2次元三角格子S=1反強磁性体NiGa2S4のスピン揺らぎの特性周波数の温度依存性の概念図。 T*=8.5 Kでの2次元相転移に伴い、特性周波数は急激な減少を示します。しかし、通常の磁気転移で見られるように転移点以下で特性周波数はゼロにはならず MHz程度の有限の値をとります。この新しい状態は粘性の高いスピン液体状態にある可能性が高いと考えられます。 また、このような通常の磁気秩序を伴わない相転移はスピン渦(Z2ボルテックス)によるトポロジカル相転移に対応するという理論的予測があります[7]。
[4] Hideo Takeya, Kenji Ishida, Kentaro Kitagawa, Yoshihiko Ihara, Keisuke Onuma, Yoshiteru Maeno, Yusuke Nambu, Satoru Nakatsuji, Douglas E. MacLaughlin, Akihiko Koda, and Ryosuke Kadono Physical Review B 77 054429/1-13 (2008).
[5] D. E. MacLaughlin, Y. Nambu, S. Nakatsuji, R. H. Heffner, Lei Shu, O. O. Bernal, and K. Ishida, Physical Review B 78, 220403(R)/1-4 (2008).
[6] H. Yamaguchi, S. Kimura, M. Hagiwara, Y. Nambu, S. Nakatsuji, Y. Maeno, and K. Kindo, Physical Review B 78, 180404(R)/1-4 (2008).
[7] H. Kawamura, and A. Yamamoto, J. Phys. Soc. Jpn. 76, 073704 (2007).
[8] Y. Nambu, S. Nakatsuji, Y. Maeno, E.K. Okudzeto, and J.Y. Chan, Physical Review Letters 101, 207204/1-4 (2008).
[9] H. Tsunetsugu, and M. Arikawa, J. Phys. Soc. Jpn.75, 083701 (2006).
[10] A. Lauchli, F. Mila, and K. Penc, Phys. Rev. Lett. 97, 087205 (2006).
[11] S. Bhattacharjee, V.B. Shenoy, and T. Senthil, Phys. Rev. B 74, 092406 (2006).
[12] P. Li, G.M. Zhang, and S.Q. Shen, Phys. Rev. B 75, 104420 (2007).

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ここでは私たちが開発した2次元三角格子反強磁性体NiGa2S4の新奇な基底状態について紹介します。

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