量子臨界点近傍に形成される新しい量子相、新しい量子状態の探求”は物性物理学における重要なテーマの一つで、 強相関電子系における新概念創出に大きな役割を果たしてきました。 エネルギースケールが小さく、磁場・圧力による基底状態の精密制御が可能な重い電子系は、このような研究にとって最適な系です。 これまで反強磁性量子臨界点近傍の異方的超伝導や非フェルミ液体といった現象が精力的に研究されてきました。 一方で近年は、従来の磁気的な量子臨界点の枠組みを超えた、新たな量子臨界現象が世界的に注目を集め、その可能性が模索されています。 ここで私たちが紹介するのは、価数揺動系における非従来型量子臨界現象と異常金属相の研究です。


新しい重い電子系β-YbAlB4における超伝導と量子臨界性の発見[1]

従来の超伝導はBCS理論に基づきフォノンが媒介した電子間の引力により引起されると考えられてきました。 しかし、近年、銅酸化物高温超伝導体や重い電子系での超伝導の研究から、 フォノンではなく磁気揺らぎが超伝導を引起す可能性が明らかになってきています。 この磁気揺らぎによる超伝導の可能性が実験的に初めて指摘されたのが重い電子系化合物です。 そのなかでもCe系において多くの超伝導体が見つかり磁性と超伝導とのエキゾティックな関係が明らかになってきています。 しかし、この磁気揺らぎによる超伝導の理解にとっての長年の謎の一つとして、 Yb系の重い電子系超伝導が存在しないことがありました。 Ce系は4f電子がひとつの系であるのに対して、Yb系ではホールがひとつ存在する重い電子系です。 それゆえに、Yb系においても超伝導の探索が長年行われてきましたが、 その例は全くこれまで報告されてきませんでした。

このような状況の下、私たちのグループは初めてYb系において超伝導が可能であることを示しました[1]。 我々が開発した新物質であるベータ型のYbAlB4(β-YbAlB4)の純良な単結晶(図1)において、 転移温度80 mKの超伝導を観測しました。 超伝導転移温度は、サンプルの純度の指標である残留抵抗に大きく依存します。 また、この超伝導は常圧で実現する新しいタイプの非フェルミ液体性を伴って現れます。 図2にあるように超伝導が現れる温度付近で抵抗は温度の1.5乗に比例しており、 フェルミ液体で期待される温度の2乗から逸脱しています。 また、この冪は図3に示すように磁場に対して鋭敏に変化し、 この物質はコントロールパラメタによるチューニングの要らない量子臨界性を持つ新しいタイプの金属であることも 同時に明らかになってきました。今後この系の研究から、量子臨界点と超伝導の関係が深まることが期待されます。


図1: アルミフラックス法により作成されたβ-YbAlB4の単結晶。菱形の面はab面に対応する。

図2: 電気抵抗の温度の1.5乗則。挿入図は低温部分の拡大図。残留抵抗の増大と共に転移温度が低下します。

図3: 磁場をかけることにより電気抵抗の冪αが非フェルミ液体の1.5乗(黄色)からフェルミ液体の2乗(紺色)に変化していく様子を温度-磁場相図上に示します。 また、挿入図は、我々が開発した新物質であるベータ型のYbAlB4の結晶構造。Yb(赤)とAl(青)がB(緑)のネットにより層状に隔てられています。
[1] S. Nakatsuji, K. Kuga, Y. Machida, T. Tayama, T. Sakakibara, Y. Karaki, H. Ishimoto, E. Pearson, G. G. Lonzarich, H. Lee, L. Balicas, and Z. Fisk, Nature Physics 4, 603- 607 (2008).

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重い電子系、量子臨界超伝導体β-YbAlB4の超伝導性[2]

Ce化合物に代表される重い電子系は、量子臨界点近傍の磁気揺らぎによる超伝導が最初に発見された舞台であり、 以来、超伝導研究の格好の研究対象を提供してきました。 一方、このCe系(4f電子が一つ)と電子・ホール対称の関係にあるYb系(4fホールがひとつ)において重い電子系超伝導の報告がないことは長年の謎でありました。 その中、我々は新物質β-YbAlB4の開発を通じて、Yb系での重い電子超伝導が実際に可能であることを世界で初めて実験的に証明しました。

希釈冷凍機を用いた電気抵抗測定からβ-YbAlB4は転移温度80 mKまで温度の1.5乗で変化し、 非フェルミ液体状態から超伝導状態に転移することを見出しました。 さらに、直流磁化の測定を物性研の超低温グループと共同で行い、超伝導によるマイスナー効果を確認しました。 常伝導状態においては、直流磁化は超伝導転移温度直上まで発散的増大を示し、 超伝導が強磁性の揺らぎを伴う非フェルミ液体から現れることが分かりました。 また、超伝導は平均自由行程が0.1 μm以上の極めて純良試料でのみ発現することから、 超伝導は不純物に対して大変敏感で、超伝導の対称性が異方的なものであることを示唆しています。 図4にあるように抵抗の磁場依存性(図4のインセット)から求めた上部臨界磁場は異方的で、 ab面内は軌道対破壊効果で決定されるWHHモデルの計算とよく一致します。 一方、c軸方向の上部臨界磁場は、磁化率のイジング異方性による強い常磁性効果により、 軌道対破壊効果と比べて低く抑えられていると考えられます。 以上のことからも、β-YbAlB4は非従来型のペアリング機構による超伝導を示している可能性が高いと考えられます。

図4: 重い電子系超伝導体β-YbAlB4における上部臨界磁場の温度依存性。 磁場をab面内とc軸方向にかけた場合で異方性が現われている。 インセット:20 mKと50 mKにおける面内抵抗の面内磁場依存性。 メインの図の上部臨界磁場は二つの実線の交点から評価した。
[2] K. Kuga, Y. Karaki, Y. Matsumoto, Y. Machida, and S. Nakatsuji, Physical Review Letters 101, 137004/1-4 (2008).

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重い電子系超伝導体β-YbAlB4におけるゼロ磁場量子臨界点の発見 -新しい金属相の可能性-[3]

発表概要:
新たなイッテルビウム系化合物β- YbAlB4 の純良単結晶の精密磁気測定から、この物質の量子臨界点(特異点)が金属では初めて実質的にゼロ磁場に存在することを発見しました。この量子臨界現象は温度を下げるだけで自発的に現れるため、 特異点周りの異常な金属状態の解明に役立つだけでなく、“量子臨界相”という全く新しい金属相の実現の可能性を示唆しています。

発表内容: 
自然界には“特異点”と呼ばれる、物理法則の滑らかさが破れ、数学的に無限大に発散する点が存在し、物理学の分野において盛んに研究されています。例えば、稲妻、竜巻、ブラックホールといった現象は、特異点の存在によってその周辺に異常な影響があらわれる興味深い現象の例ですが、私たちの身の回りの物質中にも、低温で同じような特異点が発現し、物質の新奇な振舞いの起源となることが近年分かってきました。特に金属の場合、特異点の近傍では電子の流体が不安定になります。この電子の流体の振舞いを説明する最も基本的な理論として、フェルミ液体理論が過去80年間にわたり重要な役割を果たしてきました。しかし、β- YbAlB4 (図5)の場合、この理論の描像が絶対零度に存在する特異点によって明らかに破綻し、新たな金属状態を形成していることが、本研究から分かりました。 この発見は東京大学物性研究所と米国ラトガース大学の共同研究によるもので、米国科学誌『サイエンス』に掲載されました。


図5: A) β-YbAlB4の結晶構造。B) β-YbAlB4の結晶の写真。

物質中の特異点を探索するとき、我々は磁場、圧力、温度といった量を変化させ、その物質の性質の変化を詳細に調べます。 すなわち、ブラックホールを探索して時空を旅するように、磁場、圧力、温度といった量で指定される相空間内で物質を移動させ、 物質のおかれた状態を特異点に近づけることが可能です。 しかし、例えば、ブラックホールがその中心に時空の特異点を隠しているように、β-YbAlB4の特異点も、超伝導によって覆い隠されています。 そのため、絶対零度の特異点、すなわち量子臨界点において、従来のフェルミ液体描像が破綻する様子を直接観測することができません。 また、多くの場合、特異点本来の振舞いは物質中の不純物によって覆い隠されてしまいます。 今回、我々は非常に高い純度の単結晶試料を用い、高精度の磁気測定を行うことで、 特異点の影響が、超伝導によって隠された温度、磁場領域よりも100倍以上のずっと広い範囲まで及んでいる様子を詳細に調べることができました(図6)。


図6:超伝導相外部の幅広い温度、磁場領域(挿入図参照)で測定された磁化が、横軸を“温度と磁場の比”、 縦軸を“磁化の温度微分に磁場の1/2乗を掛けた量”としたとき、 単一の曲線上にきれいに乗ります。このことは、量子臨界点近傍の物質の性質が、磁場と温度の比のみで決定されること、 量子臨界点がちょうどゼロ磁場に存在することを意味します。

これは、宇宙において直接観測されない時空の特異点もしくはブラックホールの重力を、遠く離れた周辺の星々の運動を通じて知ることに例えられるかもしれません。 その結果、β-YbAlB4の特異点が常圧下において地磁気と同程度という驚くべき精度でちょうどゼロ磁場に存在することが明らかになりました。 すなわちこの物質においては、我々が圧力、磁場を加えることなく、温度を下げるだけで、 あたかも自発的に量子臨界状態という特異点に伴う異常な振舞いが発現するように見えます。 これは、通常、物質を相空間中の特異点に移動させる場合、磁場や圧力を加えたり、あるいは新たな化学物質を添加する必要があることを考えると驚くべき結果です。 この実験事実は、ある圧力範囲にわたって量子臨界相が存在する、すなわち特異点が圧力方向に広がって存在し、もはや点では無く線になっている、 全く新しい金属状態の実現を示唆しています(図7)。このことはさらに言葉を変えれば、β-YbAlB4において、 フェルミ液体と超伝導体に代わる第3の金属状態とも言える“新奇な金属相”の実現を示唆する実験的な証拠であると考えられ、 量子臨界現象に対する我々の理解の新たな地平を開くとともに、高温超伝導体をはじめとする非従来型超伝導や、 それに関連する異常な金属状態の謎を解明するうえでも重要な知見を与えることが期待されます。


図7:量子臨界相の概念図。超伝導によって隠された相空間の領域内部で、 ある圧力範囲にわたって特異点が広がり線となることで、量子臨界相が形成されている様子を表しています。 β-YbAlB4において、このような状態が実現している可能性が考えられます。

なお、こちらの研究成果は日経産業新聞(1.21)、Science Daily(1.21)科学新聞(1.28)においても報道されました。

[3]Yosuke Matsumoto, Satoru Nakatsuji, Kentaro Kuga, Yoshitomo Karaki, Naoki Horie, Yasuyuki Shimura, Toshiro Sakakibara, Andriy H. Nevidomskyy, Piers Coleman, Science 331, 316 (2011).

"Japanese Scientists in Science 2011-サイエンス誌に載った日本人研究者"(リンク先pdfファイルの11ページ)もご覧ください。

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価数揺動系α-YbAlB4における異方的な重い電子の形成[4]

重い電子系の量子臨界点近傍における非従来型の超伝導や非フェルミ液体といった振る舞いが、近年大きな注目を集めています。 我々のグループにより発見されたYb系初の重い電子超伝導体β-YbAlB4は、その常伝導状態において顕著な非フェルミ液体性を示しますが、 さらに磁化の精密測定により発見されたT/Bスケーリングから、 常圧、ゼロ磁場でチューニングのいらない非従来型の量子臨界点が実現していることが分かってきました。 そして何より驚くべきことに、これまでの量子臨界物質はすべて整数価数の近藤格子系と考えられてきたのに対し、 この系はYbの価数が整数値から大きく外れた価数揺動系です。 この価数揺動が量子臨界性、および超伝導の起源となっている可能性は非常に興味深いのですが、 そもそも何故、価数揺動系において重い電子が形成されているのかが大きな問題となっています。というのも、価数揺動系は元来その高い近藤温度を反映して、磁性も示さず質量増強 もそれほどない普通の金属として、重い電子系や量子臨界物質と言った物質群とは対 照的な系として認識されていたからです。

200 – 300 Kの価数揺動スケールより十分低温で形成されるこの重い電子の振舞いは、基底状態がフェルミ液体の多形体α-YbAlB4においても同様に観測されます。 我々は今回、α-YbAlB4の純良単結晶に対し、室温から極低温に至る広い温度範囲で、比熱、磁化、電気伝導度測定を行いました。 その結果、この系の基底状態が確かにフェルミ液体であることを確認すると同時に、この系の顕著な特徴として、c軸方向を容易軸とした磁化のイジング異方性に加え、 電気伝導度も大きな異方性を持つことを明らかにしました。 この系においてab面内の電気伝導度はc軸方向のそれに比べ10倍程度大きいのですが、 これはこれまで重い電子系で見つかった異方性としては最も大きいと言ってよいものです。 この大きな異方性は伝導電子とf電子の混成(c-f混成)が異方的で、ab面内に強いことを示唆しており、 実際、バンド計算やYbサイトの対称性から提案された結晶場基底状態からもこのことが(α-YbAlB4のみならず、β-YbAlB4に対しても)期待されます。 この異方的c-f混成が、価数揺動系α-YbAlB4およびβ-YbAlB4における重い電子あるいは近藤格子の振舞いの起源を探る上でも鍵となっていることが考えられます。


図7: α-YbAlB4の異方的な電気伝導。挿入図に示すように、ab面内の電気伝導度はc軸方向のそれに比べて低温で10倍以上大きくなっている。
[4]Yosuke Matsumoto, Kentaro Kuga, Takahiro Tomita, Yoshitomo Karaki, and Satoru Nakatsuji, Physical Review B 84, 125126 (2011).

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ホール伝導度測定でみるβ-YbAlB4のc-f混成の発達[5]

β-YbAlB4はYb系初の重い電子超伝導体[1, 2]で、さらにその常伝導状態では、磁場、圧力によってチューニングすることなく 非従来型の量子臨界現象を示します[3]。 しかしながら、一方で、この系のYbの価数は整数価数から大きく外れた+2.75価であり[6]、 対応する近藤温度も200 K程度であることが、電気伝導度、および磁化、比熱測定から分かり[1, 3]、 上記の振舞いとは矛盾するように思われます。 というのも、価数揺動系は元来その高い近藤温度を反映して、磁性も示さず質量増強 もそれほどない普通の金属として、重い電子系や量子臨界物質と言った物質群とは対 照的な系として認識されているからです。

今回、私たちが行ったホール効果の測定結果は、この系で伝導電子とf電子の 混成(c-f混成)が温度の低下とともにどのように発達するか、また、 価数揺動性と重い電子の振舞いが如何にして共存するかについて、新たな知見を与えるものです。 図8にホール係数の温度依存性を示します。この振舞いは、価数揺動系のそれとは異なり、温度変化が大きく、 近藤格子系(重い電子系)のものに近いと言えます。 40 K付近に見られる極小値は、通常、近藤温度に対応すると解釈されますが、 電気伝導度その他に見られる200 K程度の近藤温度に比べると一桁近く小さな値で、 この系には大小二つの近藤温度があるように見えます。 実は、この振舞いをより深く理解する鍵が、ホール抵抗の磁場依存性にあることが分かりました。 すなわち、この系では、100 K以下でホール抵抗が磁場に対して非線形になるのですが、 注意深い解析により、これが2バンドモデルによって説明できることが分かりました。 その結果、この系のホール効果は、200 K程度のコヒーレンス温度を持つ比較的キャリア密度の大きなフェルミ面と 40 Kのコヒーレンス温度を持つ低キャリア密度のフェルミ面という、2つの寄与からなることが明らかになりました。

図8: β-YbAlB4におけるホール係数(RH)の温度依存性。残留抵抗比(RRR)の異なる幾つかの試料の結果に加え、 価数揺動系の典型例としてYbAl3の結果も載せています。β-YbAlB4のホール係数はYbAl3のそれと比べ、温度依存性が非常に大きいことが分かります。

これら2つのバンドの寄与が、大きく異なる近藤温度を持つ理由は この系の異方的なc-f混成によって説明される可能性があります。 この系のc-f混成がc軸方向にノードを持つ(消失する)ことが、 Ybサイトの対称性から提案された結晶場基底状態に基づく理論により指摘されていますが[7]、 この場合、ノード近傍に位置するフェルミ面では混成が小さく、近藤温度がより低くなることが期待されます。 すなわち、上記の2バンドモデルによるホール効果の解析結果は、 40 Kでコヒーレントになる第2の成分がノード近傍のフェルミ面に対応し、 この成分こそが、β-YbAlB4の量子臨界性と重い電子超伝導を生み出している可能性を示唆しており、 非常に興味深い結果であると考えられます。


図9: タイトバインディング模型により得られたβ-YbAlB4のフェルミ面[7]. 赤線は運動量空間でc-f混成が消失する向きを示します。実験で得られたβ-YbAlB4のフェルミ面にはノードから十分に離れた部分に第2のシートが存在し、ここではノードの影響が小さいと考えられます。
[5] E. C. T. O’Farrell, Y. Matsumoto, and S. Nakatsuji, Phys. Rev. Lett. 109, 176405 (2012).
[6] M. Okawa et al., Phys. Rev. Lett. 104, 247201, (2010).
[7] A Ramires et al., Phys. Rev. Lett. 109, 176404, (2012).

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「超伝導に隠された異常金属相の発見」(量子臨界「点」ではなく「相」として振舞う不思議な金属状態)[8]

氷から水のように温度が変わる事で、ある物質の状態(相)が別の異なる状態へ変化する事を相転移と言います。温度が高い場合には、熱ゆらぎにより相転移が起こりますが、絶対零度では、量子ゆらぎにより相転移が起こり、量子相転移と呼んでいます。例えば、低温に冷やした金属固体では、量子ゆらぎの増大とともに磁石の性質を持つ状態(磁性相と呼ばれ電子のスピンが規則的に配列した状態)から磁石の性質を持たない状態へ連続的な変化が見られます。特に、自然界で最も低い温度(絶対零度:-273.15 ℃)でのこれらの相と相との境界を量子臨界点と呼び、その近傍ではとても不安定な点として特異な物理量が観測されます。高温超伝導体や、重い電子系において現れる超伝導は、この不安定な量子臨界点近傍の状態をより安定させるために現れ、磁性相と隣接するのが一般的です。

今回、我々の研究グループは、非常に高純度な希土類金属間化合物YbAlB4を合成し、絶対零度近傍の重い電子系超伝導とその金属状態を調べました。
高純度が必要な理由は、絶対零度近傍では量子ゆらぎが不純物の影響を強く受けやすいためです。この物質は、常圧・絶対零度で量子臨界点に位置しており同時に、80 mKと極めて低い温度で重い電子系の超伝導状態を示します。通常の重い電子系化合物における性質から、化学組成や外部圧力による微少な外部制御により、超伝導が消失して、イッテルビウムの磁性原子のスピンが規則的に配列する磁性相に移り変わることが期待されていました。(図10(a))本研究グループが行った今回の実験では、絶対零度近傍で外部圧力、1万気圧の下で超伝導が消失しても従来の量子相転移は観測されませんでした。それどころか量子臨界点でのみ現れる異常金属状態が、幅広い範囲で観測されました。絶対零度近傍では、ある金属相から別の金属相への変化は非常に不安定な量子臨界「点」として現れるべきですが、量子臨界の「相」と思われる新しい相が実現している可能性があります。この発見は、超伝導転移温度80 mK という超伝導相の下に隠れており、1000 Gという磁場によって超伝導状態を抑制することで初めて確認できました。また、本研究グループは、超伝導が消失して、さらに2.5万気圧ほどの高い圧力制御を行う事で、磁性相が現れる事も確認しました。これは、超伝導相が磁性相から孤立していることを示しています。
今まで異常な物理量を示す領域は、量子臨界点近傍のみと考えられてきましたが、幅広い領域で異常金属状態を示す新しい相を発見したこと、また、その金属相が磁性相から独立し、新奇な超伝導状態を発現することを発見したのは今回が世界で初めてです。(図10(b))これらの量子臨界現象・超伝導は従来のスピンのゆらぎの理論だけでは説明が難しく、この物質特有の価数ゆらぎ(図11)による影響とも考えられます。この異常金属相と超伝導との関係を明らかにすることで、新しい超伝導体の開発、並びに新奇物性の探索に貢献できることが期待されます。 今回の研究成果は、米国科学振興協会(AAAS)発行の『Science』誌のオンライン版で発表されました。

図10.(a)従来の量子臨界点:磁気秩序相近傍で現れる量子臨界点では異常金属状態(赤)が点として存在。超伝導転移温度が高いとこの状態は隠れて見えない。(b)今回発見した異常金属相:超伝導相の下で、我々が発見したイッテルビウム化合物の量子臨界状態の様子。

図11. イッテルビウム原子の価数ゆらぎとスピン揺らぎが織りなす異常金属相の概念図:イッテルビウム原子のスピン(緑の矢印)と電子(赤)による原子サイズの様子。
[8] T. Tomita, K. Kuga, Y. Uwatoko, P. Coleman, and S. Nakatsuji, Science 346, 506-509 (2015).

"Japanese Scientists in Science 2015-サイエンス誌に載った日本人研究者"(リンク先pdfファイルの48ページ)もご覧ください。

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価数の揺らぎが引き起こす電子の「量子」超臨界状態の発

1. 研究のポイント:

◆価数の量子相転移とそれにともなった量子臨界現象を世界で初めて発見しました。

◆量子臨界現象の起源として新しく価数の臨界揺らぎを確立しました。

◆この価数の臨界揺らぎは広く工業的に応用されている超臨界流体の電子版であり、超臨界流

体に量子効果を取り入れる際の指針となることが期待されます。

2. 研究内容:

研究の背景

水が液体から固体の氷や気体の水蒸気へ変わるように、物質の状態が急激に変わることを相転移(注4)といいます。固体・液体・気体という三態の相転移と同様に、結晶構造が変わることを構造相転移磁気的性質が変わることを磁気相転移と呼ぶなど、さまざまな相転移があります。

相転移は起こる現象により一次相転移と二次相転移 注4)に分類され、一次相転移は潜熱を伴うという特徴があります。水の液体から気体に変化する相転移は一次相転移ですが、高温・高圧条件下では一次相転移が臨界終点 注4)で消失し、超臨界流体となることが知られています(図12a)。超臨界流体では、液体と気体の状態が揺らいでいるために水分子の強いダイナミクスが現れ、気体の拡散性と液体の溶解性を併せ持ちます。そのため、水や二酸化炭素の超臨界流体は分離・抽出・乾燥・合成反応・触媒等の工業面で応用されています。水の超臨界流体では熱により励起された揺らぎが特異な性質の鍵となっていますが、一次相転移の消失が絶対零度で起こる量子相転移(注5)の場合、量子揺らぎがどのような性質を生み出すか興味が持たれます(図13)。しかし、水や二酸化炭素のような流体を絶対零度にして量子相転移を引き起こすことは実現困難です。

本研究では、超臨界流体に似た性質を持ち、かつ量子相転移が可能な候補として、物質中のイオンが持つ電子の数(価数)が変わる相転移に着目しました。価数は通常の物質では整数値ですが、価数揺動系(注7)と呼ばれる物質では、時間にともないイオンに電子の出入りがあり、イオンが持つ価数は非整数となります。特に希土類元素を持つ金属、例えばCe単体金属では、常温・常圧付近で価数が3.03+から3.14+へ不連続に変化し同時に体積も大きく変化する一次相転移が現れますが、高温・高圧条件下では臨界終点で一次相転移が消失します。(図12b)。最近の実験的・理論的研究から、希土類化合物において臨界終点を極低温に抑えることができ、臨界終点の周りで価数の臨界揺らぎに起因する電子の超臨界流体とも言える特殊な状態が現れることが分かってきました。この電子の超臨界状態は、理論上絶対零度でも作ることが可能で、超臨界状態に量子力学の効果を取り入れると超伝導のような異常金属状態が現れると予想されています。しかしながら、電子の超臨界状態が絶対零度で起こることを実験的に証明した報告はこれまでありませんでした。

研究内容

本研究グループは、イッテルビウム(Yb)化合物α-YbAlB4 に注目し、アルミニウム(Al)の一部を鉄(Fe)で微小量置き換える(α-YbAl1 xFexB4 )ことで圧力と似た効果が得られることに注目し、α-YbAl1x FexB4において価数の量子相転移と異常金属状態の観測に成功しました。

大型放射光施設SPring-8の理研ビームラインBL29XUを利用した硬X線光電子分光測定から絶対温度20 K(-253 ℃)におけるYbイオンの価数を精密に見積ったところ、1.4%の微量な鉄置換(x = 0.014)で価数相転移にともなうクロスオーバーを発見しました(図14b)。価数のクロスオーバー領域にあるため、価数の臨界揺らぎ(図14a)が生じていることが分かります。更に、クロスオーバーが現れる x = 0.014付近で、ほぼ絶対零度に迫る測定温度20 mK(-273 ℃)まで磁気秩序を示さずに異常金属状態が現れることを電気抵抗・磁化率・比熱測定から発見しました(図14c)。磁化率や比熱は絶対零度に向かって発散的に増大していることから、価数の臨界揺らぎが絶対零度に向かって発達していることが分かります。その様子を磁場中の磁化の精密な温度変化から解析し、ほぼゼロ磁場・絶対零度に量子臨界点があることも同時に分かりました。今回の発見は、価数の量子相転移とそれにともなった異常金属状態を実験的に確立した世界で初めての実例であり、電子の「量子」超臨界状態を示唆しています。

本研究物質であるα-YbAl1xFe xB4では価数の一次相転移 注4)を観測できていませんが、一次相転移は仮想的に絶対零度より低い温度にあると考えられます(図14c)。一方で、体積も価数のクロスオーバーに伴い急激な変化を示し、しかも17 K(-256 ℃) から室温付近の273 K(0 ℃)までの幅広い温度でクロスオーバーに伴う体積変化が起こることが分かりました(図14b)。これは、価数の揺らぎが非常に大きなエネルギースケールを持っていることを示します。

③ 社会的意義・今後の予定など

本成果の価数起源の量子臨界現象の発見は、新たな「量子」超臨界流体の発見と呼べるものであり、水や二酸化炭素でみられるような流体において「量子」超臨界流体という概念が新たに広がることが期待されます。今回発見した異常金属状態は、常圧・ゼロ磁場で現れ実験的に高圧実験より容易であることから、多角的に価数起源の異常金属状態を調べることが可能です。

また、価数相転移の量子臨界点の近くでは超伝導が発現するという理論的な予測がありますが、本研究物質で起こる臨界価数揺らぎのエネルギースケールは室温以上であることから、価数転移にともなう超伝導は従来よりも高い転移温度を持つことが期待されます。

3.発表雑誌 : 

雑誌名:「Science Advances (2018)」

論文タイトル:Quantum Valence Criticality in a Correlated Metal

著者:Kentaro Kuga+, Yosuke Matsumoto+, Mario Okawa, Shintaro Suzuki, Takahiro Tomita, Keita Sone, Yasuyuki Shimura, Toshiro Sakakibara, Daisuke Nishio-Hamane, Yoshitomo Karaki, Yasutaka Takata, Masaharu Matsunami, Ritsuko Eguchi, Munetaka Taguchi, Ashish Chainani, Shik Shin, Kenji Tamasaku, Yoshinori Nishino, Makina Yabashi, Tetsuya Ishikawa, Satoru Nakatsuji* (+:equal contribution, *:責任著者)

4.用語解説

(注1)大型放射光施設SPring-8: 

理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある第三世代放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のことです。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われています。今回、硬X線光電子分光測定に利用したBL29XUは世界トップクラスの精度を持つX線ミラーを持ち、試料内部の電子密度や元素の分布を精密に測定することが可能です。

(注2)硬X線光電子分光:

 電磁波の中で波長が1 pm ? 10 nm程度のものをX線と呼びます。その中でも波長が短いものは、物質に対する透過力が高く、硬X線と言います。一般に物質に光(電磁波)を当てると、光のエネルギーと電子の原子内の束縛エネルギーに対応した運動エネルギーの電子が物質から飛び出します。この電子を光電子と言います。硬X線光電子分光では、硬X線を試料に当てた際に飛び出る光電子の運動エネルギー、すなわち束縛エネルギーと光電子の量を光電子分光装置により分析し、電子状態を知ることができます。

(注3)イッテルビウム化合物:

 イッテルビウムは希土類元素に分類され、そのイオンの価数は2+と3+になることが可能です。この価数の違いはイッテルビウムイオンが持つ4 f電子数の違いに現れ、2+では4f電子が14個の閉殻となり非磁性、3+では4f 電子が13個でホールが1個ある状態に相当し磁性を示します。ここで、4f電子とは、原子核の周りを回る電子の中でf 軌道と呼ばれる他の軌道と比べて原子核付近に局在する電子のことで、物質の磁気的・電気的な性質に大きく関わります。

(注4)相転移・一次相転移・二次相転移・臨界終点・クロスオーバー:

 水が温度や圧力などで固体・液体・気体へと変化するように、ある条件を境に状態が大きく変化することを相転移と言います。その中で潜熱を伴うものを一次相転移、伴わないものを二次相転移と言います。相転移前後の状態では自由エネルギーが等しいため、二次相転移では熱揺らぎや量子揺らぎに起因した相転移前後の状態で臨界揺らぎが生じます(図2)。一方、一次相転移では潜熱を伴っているために相転移前後の状態を容易に行き来することが出来ず、相転移前後の状態で揺らぎは生じません。しかし、圧力や磁場を加えると臨界終点と呼ばれる一次相転移の消失点において潜熱がゼロになり、一次相転移でなくなることがあります(例えば図1a, b)。さらに圧力や磁場を加えると、一次相転移の臨界終点近辺の状態においては、二次相転移のように強いダイナミクス(臨界揺らぎ)を伴い、密度や価数などが急峻な変化を示します(図1c)。この急峻な変化と臨界揺らぎをともなう状態をクロスオーバー領域と言い、臨界揺らぎは臨界終点で最も強くなります。

(注5)量子相転移・量子臨界点・量子臨界現象:

 温度変化による相転移は、熱揺らぎに由来します。一方、絶対零度で圧力や磁場を変化させた際の相転移は、量子力学的な揺らぎに由来し、量子相転移と言います(図2)。量子相転移が生じる条件を量子臨界点と言い、量子臨界点周辺で現れる現象を量子臨界現象と言います。一次相転移の場合は、量子力学的な揺らぎが生じないために量子臨界点や量子臨界現象は現れませんが、(注4)で解説したように一次相転移が絶対零度で消失する場合は量子臨界点や量子臨界現象が現れます。

(注6)超臨界流体:

 水の場合の液体-気体相転移は、常圧で100 ℃ですが、加圧すると相転移温度が上昇します。ある条件の臨界圧力・温度以上(水の場合、臨界圧力:218気圧・臨界温度:374 ℃)では、液体と気体を区別できなくなり、密度・粘度・拡散係数・熱伝導度等の性質は液体と気体の中間的な値を示すようになります。このように液体と気体との区別がつかない状態のことを超臨界流体と言います(図1b)。超臨界流体では液体状態と気体状態が揺らぐ、つまり粒子密度が揺らぐ状態であり臨界終点にて最も揺らぎが強くなります。

(注7)価数揺動系:

 自由電子とイオンの局在電子との強い相互作用に起因する電荷移動により、時間的・空間的にイオンの価数が変動することを価数揺動と言います。価数揺動状態では圧力・磁場・組成等により局在4 f 電子と自由電子との相互作用の強さを変え平均価数を変化させることが可能で、価数が低い状態と高い状態の一次相転移(注4)を示すことがあります。

図12:水における液体-気体相転移(a)とCe単体金属における価数相転移(b )相図と量子臨界点の予想図(c )。液体-気体相転移も価数相転移も共に一次相転移ですが、圧力や温度を調整することで一次相転移が消失します。価数相転移の場合、この臨界終点の周辺で、クロスオーバーと呼ばれる一次相転移の影響で強いダイナミクス(揺らぎ)を伴った状態が現れ、臨界終点で揺らぎが最も強くなります。この特徴は、水の超臨界流体と非常によく似ています。水の場合は臨界終点を絶対零度に移動させることはほぼ不可能ですが、価数相転移の臨界終点の場合は可能です。臨界終点が絶対零度にある場合、その点がまさに量子臨界点であり、( c)のように量子臨界点から延びる点線の周りの赤いクロスオーバー領域に異常金属状態が現れると期待されます。

図13:二次相転移における熱揺らぎと量子揺らぎ。潜熱のない二次相転移で状態Aから状態Bへ変化するときには、熱揺らぎによる経路と量子揺らぎによる経路の2通りがあります。熱揺らぎによる経路(実線矢印)では、化学反応における中間体のように一度エネルギーが高い状態へ励起して状態Bへ変化します。量子揺らぎによる経路(点線矢印)では、トンネル効果により高いエネルギーの状態を経由せず直接状態Bへ変化します。絶対零度に近い極低温では、熱揺らぎが殆どないために量子揺らぎによる経路が支配的となり、絶対零度より十分に高い温度では熱揺らぎによる経路が支配的になります。

図14:α-YbAl1xFexB4 の鉄置換量xに対するイッテルビウムイオンの状態と価数・体積・電気抵抗の変化。(a )イッテルビウムイオンの価数が低い状態(非磁性)と価数が高い状態(磁性)とクロスオーバー領域における価数が揺らいだ状態の模式図を示しています。矢印は磁性の向きを表しています。( b)絶対零度で量子臨界点が現れる鉄置換量にて絶対温度20 K(?253 ℃)における価数と17 K(?256 ℃)から273 K(0 ℃)までの体積に急激な変化(クロスオーバー)が表れます。(c )イメージプロットは電気抵抗の温度依存性の冪(抵抗率ρ(T) ∝T nでの n 値)を表し、量子臨界点周辺の極低温や価数クロスオーバー(点線)領域では冪が通常金属で現れる2より小さく、異常金属状態となっています。価数が低い領域では極低温で通常金属、価数が高い領域では磁気秩序状態を表しています。また、価数の一次相転移線(図下部の実線)は、仮想的に絶対零度より低い温度にあると考えられ、一次相転移線が絶対零度に接する点(●印)で一次相転移が消失し量子臨界点が現れます。

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このページでは私たちが開発した新しい重い電子系β-YbAlB4における非従来型の量子臨界性と超伝導に関連した以下のトピックを紹介します。

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